第3章 下積み時代

~営業の土台を築いた日々~


妻への相談、そして義父への報告

転職を決意し、まず最初に妻へ相談しました。

これまでの転職では、そこまで強く反対されることはありませんでした。

しかし、今回は違いました。

今回で、私にとって4回目の転職です。

妻から最初に言われたのは、

「お父さんに何て言われるかわからないよ。」

という言葉でした。

前回、大手不動産会社へ転職したときは、義父も応援してくれていました。

「大手なら安心だな。」

そんな思いもあったでしょうし、実家の離れに住まわせてもらっているのも、その信頼があってこそだったと思います。

だからこそ妻は、

「転職するなら、ちゃんとお父さんに直接会って話して。」

と言いました。

それは当然のことでした。

私自身も、筋を通して自分の口で話さなければいけないと思っていました。

ただ、いざその場を想像すると、不安で仕方がありませんでした。

「何を言われるんだろう。」

そのことばかり考えていました。

大手企業を辞めるという決断は、周りから見れば理解しにくいものです。

「また逃げたのか。」

「仕事が続かない人間なんだ。」

きっとそう思われる。

そんな気持ちが頭から離れませんでした。

私自身も何度も自分に問いかけました。

なぜ、自分はこんなにも仕事が続かないのだろう。

逃げたいわけではない。

楽をしたいわけでもない。

本当は、誰よりも一つの会社で腰を据えて働きたかった。

家族を安心させ、胸を張って仕事を続ける。

そんな当たり前の人生を、私も思い描いていました。

それなのに、また転職という選択をしようとしている。

義父に打ち明ける日が来るまで、そんなことばかり考え、答えの出ない葛藤を抱えながら毎日を過ごしていました。

そして、意を決して義父に電話をかけました。

「少しお話ししたいことがあります。」

そう伝え、借りている離れの家まで来てもらいました。

会社のパンフレットを差し出し、転職を考えていることを正直に打ち明けました。

厳しい言葉を覚悟していました。

怒られるかもしれない。

失望されるかもしれない。

張りつめた空気の中、義父は静かにパンフレットへ目を通し、私の話を最後まで聞いてくれました。

そして、返ってきた言葉は、私の予想とはまったく違うものでした。

「変わっていったらええ。そういう業界や。」

その一言で、張りつめていた緊張が一気にほどけました。

心の底から、ほっと胸をなで下ろしたのを今でも鮮明に覚えています。

一方で、その言葉に甘えてはいけないとも感じました。

義父は責めることも、引き止めることもしませんでした。

だからこそ、その優しさが私には重く響きました。

「次はもうないぞ。」

実際にそう言われたわけではありません。

それでも、私はそんな無言のメッセージを受け取ったような気がしました。

これが最後の転職。

今度こそ、自分が第一線で活躍できる場所にする。

もう「仕事が続かない自分」とは決別する。

家族や義父に、「あのとき応援してよかった」と思ってもらえる結果を出す。

そう心に誓い、私は新たな挑戦へと踏み出しました。

理想の転職先だと思った会社

30歳で未経験から飛び込んだ不動産業界。

右も左も分からず、毎日のように怒られ、自信を失いながらも必死に食らいついてきました。

そんな私が次に出会ったのが、新築マンション販売会社の仲介部門でした。

事務所は大阪北エリア。

担当エリアは関西全域でした。

それまで私は大阪南エリアを中心に営業をしてきました。

もちろん、多くのお客様との出会いがあり、多くのことを学ばせていただきました。しかし、その一方で苦い経験も数え切れないほどありました。

だからこそ、「環境を変えて、もう一度挑戦したい」という思いが強くなっていたのです。

新しい職場は、大阪駅周辺にオフィスを構え、関西全域を担当する会社でした。

「もっと広いエリアで経験を積みたい。」

そう考えていた私にとって、この会社はまさに理想の環境でした。

「今度こそ、自分が成長できる会社に出会えた。」

そんな期待を胸に、新しいスタートを切りました。

しかし、その期待は、入社して間もなく大きく揺らぐことになります。

仲介部門のメンバーは、上司と私の二人だけでした。

その上司と初めて会ったのは、最終面接の日。

社長が紹介してくださったとき、笑いながらこんな一言を口にしました。

「悪い奴じゃないんだけどな。根はいいやつなんだよ。」

その瞬間、私は心の中で思わずツッコミました。

「いや、それって褒めてるようで褒めてないやん……。」

面接中も社長は終始その上司をいじっていて、本人は苦笑いするだけ。

私は、「少し物静かな人なのかな」という程度の印象しか持ちませんでした。

ところが、その第一印象は、入社後すぐに覆されます。

その上司は、大手不動産会社で役職を務めた経験があり、不動産実務の知識と経験は圧倒的でした。

分からないことを質問すれば、答えは的確。

実務能力だけを見れば、本当に優秀な人でした。

「この人から学べることはたくさんある。」

そう思ったことを今でも覚えています。

しかし、その一方で、人との接し方には大きな課題を抱えていました。

そのことを、私はまだ知る由もありませんでした。

このときの私は、新しい環境への期待しかありませんでした。

この会社で経験を積み、仲介営業として一人前になる。

そんな未来を信じていたのです。

ですが、その希望は、これから始まる日々の中で、少しずつ試されることになります。

知識は一流、育成はゼロだった上司

入社して間もなく、私は上司の実力を思い知ることになります。

その上司は、大手不動産会社で役職を務めていた経験があり、仲介業務に関する知識と経験は圧倒的でした。

法律、税金、住宅ローン、契約実務、トラブル対応――。

どんな質問をしても、その場ですぐに答えが返ってくる。

その知識量には、素直に驚かされました。

「この人から学べることは、すべて吸収したい。」

そう思えるほど、不動産実務に関しては本当に優秀な人でした。

しかし、それと同時に、人との接し方には大きな課題がありました。

朝、こちらから挨拶をしても返事はほとんどありません。

自分から話しかけることもなく、仕事以外の会話はほぼゼロ。

社内には、どこか張り詰めた空気が流れていました。

やがて私は、会社でこんな話を耳にします。

「これまでにも新築営業から仲介部門へ異動してきた社員は何人もいた。でも、みんなこの上司に心を折られて元の部署へ戻っていった。」

その話を聞いたとき、私は心の中でつぶやきました。

「また試練か……。」

前職でも厳しい環境を経験してきました。

「ようやく新しい環境でやり直せる。」

そう思って転職した矢先に、また大きな壁が目の前に現れたのです。

それでも、私は決めていました。

この会社を最後の転職先にすると。

簡単に辞めるつもりはありませんでした。

たとえ、ほふく前進のように遅い歩みでもいい。

一歩ずつ経験を積み重ね、自分の力で成長していこう。

そう心に誓っていました。

30歳、未経験からのスタート。

新卒社員と比べれば、知識も経験も大きく遅れています。

その差を埋めるには、人の何倍も努力するしかありませんでした。

だから私は、上司の性格ではなく、知識を見ることにしました。

「盗めるものは、すべて盗む。」

それが、私の覚悟でした。

一方で、上司も私を単なる部下ではなく、一人の営業として見ていたように感じることがありました。

もちろん、当時は知識も経験も勝負になりません。

それでも私は、不思議とこう思っていました。

「経験を積み続ければ、いつか必ず追い越せる。」

今思えば、何の根拠もない自信だったのかもしれません。

ですが、その自信だけが、当時の私を支えてくれていました。

毎日分からないことだらけ。

だからこそ、私は積極的に質問をするようにしていました。

ところが、その質問が、私にとって大きな苦痛になっていきます。

質問をすると、答えの前に必ず始まるのは説教でした。

「それで君は良いと思ってるん?」

「そんなことも分からないの?」

そんな言葉から始まり、質問とは関係のない話へと広がっていきます。

仕事に対する持論。

普段の不満。

過去の失敗談。

気が付けば、私が知りたかった答えにはなかなかたどり着きません。

しかも、それは社員が周りにいる前で行われることがほとんどでした。

私は質問をしているだけなのに、まるで公開で叱責されているような気持ちになるのです。

一つ質問を終えるたびに、大きく気力を消耗しました。

やがて私は、

「もう質問するのが怖い。」

そう思うようになっていました。

さらに苦しかったのは、相談をしても明確な答えが返ってこないことでした。

判断を仰いでも、

「どう思う?」

「君ならどうする?」

と逆に聞き返されることが多く、結局は自分で判断するしかありません。

ところが、その判断が間違っていると、

「なんでそんなことをしたんだ。」

「今後は勝手にやるな。」

と厳しく叱責されるのです。

相談しても答えはもらえない。

自分で判断すると怒られる。

新人だった私には、何が正解なのか分からなくなっていました。

少しずつ、自分の選択肢が奪われていくような感覚。

失敗することよりも、「また怒られるかもしれない」という恐怖のほうが大きくなっていったのです。

それでも、私は逃げませんでした。

この会社で経験を積み、一人前の仲介営業になる。

その目標だけは、決して変わることはありませんでした。

相談できない環境で仕事を覚える

上司との距離は、日に日に広がっていきました。

18時30分が定時になると、上司は仕事を手際よく片付け、仕事用のバッグから通勤用のバッグへ持ち替え、誰よりも早く会社を後にします。

休日に連絡をしても、電話がつながることはほとんどありませんでした。

もちろん、プライベートの時間を大切にすること自体は悪いことではありません。

しかし、当時の私は仲介営業としての実務経験がほとんどなく、判断に迷ったときに頼れる相手は上司しかいませんでした。

だからこそ、「相談したいときに相談できない」という状況は、想像以上につらいものでした。

会社は新築マンション販売が主力事業。

仲介業務を深く理解している社員はほとんどおらず、社内で相談できる先輩もいません。

私は、まるで暗闇の中を手探りで歩いているような感覚で、毎日仕事をしていました。

そんな中、新築営業担当の方から声を掛けられることがあります。

「もっとしっかりしてください。」

「頼りないですね。」

その言葉に悪意はありません。

お客様を安心して任せたいという気持ちから出た言葉だったのでしょう。

ですが、経験の浅い私にとっては、その一言一言が胸に突き刺さりました。

右も左も分からない。

相談したくても相談できない。

それでも、お客様の前では「担当者」として振る舞わなければならない。

その重圧は、想像以上でした。

入社から3か月が経ち、試用期間を終えて正社員になった頃。

私は、ある疑問を抱くようになります。

「この人は、本当に私を育てようとしているのだろうか。」

もちろん、答えを教えることだけが育成ではありません。

自分で考え、自分で答えを見つける力を身につけることも大切です。

今なら、その考え方も理解できます。

ですが、当時の私は、基礎知識も経験も十分ではありませんでした。

何が正しくて、何が間違っているのか。

その判断基準すら持ち合わせていなかったのです。

だからこそ、もう少し寄り添って教えてもらえたら――。

そんな思いを抱くことも少なくありませんでした。

一方で、私は「この環境のせいにしたくない」という気持ちも持っていました。

環境を言い訳にしてしまえば、そこで成長は止まってしまう。

それだけは嫌でした。

だから分からないことがあれば、自分で調べる。

法律書を開く。

契約書を読み返す。

先輩に聞けないなら、本や資料から学ぶしかありません。

お客様から質問されて答えられなかったことは、その日のうちに必ず調べました。

翌日には、自分の言葉で説明できるようになるまで理解する。

そんな小さな積み重ねを、毎日続けていました。

もちろん、不安が消えることはありません。

「この説明で合っているのだろうか。」

「もし間違っていたらどうしよう。」

そんな気持ちを抱えたまま、お客様の前に立つことも何度もありました。

それでも、立ち止まるわけにはいきません。

私には、もう一つ強い思いがありました。

「この会社を、最後の転職先にしたい。」

前職までに何度も壁にぶつかり、そのたびに環境を変えてきました。

だからこそ、今回は違う。

どんなに苦しくても、逃げずに乗り越えよう。

そう決めていました。

当時の私は、毎日が失敗と反省の連続でした。

それでも、一つだけ信じていたことがあります。

経験は、必ず自分の財産になる。

たとえ今はうまくできなくても、一つひとつの失敗には意味がある。

そう自分に言い聞かせながら、私は目の前の仕事に向き合い続けました。

今振り返ると、この「誰にも頼れなかった時間」こそが、自分で考え、自分で判断する力を育ててくれたのかもしれません。

もちろん、当時はそんな余裕はありませんでした。

ただ毎日を必死に乗り越えることで精一杯だったのです。

知識不足が一番つらかった

当時の私が最も苦手意識を持っていたのは、経営者や医師、大学教授など、人生経験が豊富で知識のあるお客様への対応でした。

こうしたお客様は、会話を少し交わしただけで、担当者の経験や知識の深さを見抜きます。

最初は穏やかに話してくださっていても、質問を重ねられるうちに、相手の表情が少しずつ変わっていくのが分かるのです。

「この担当者で本当に大丈夫なのだろうか。」

言葉にはされなくても、そんな不安が伝わってくる瞬間が何度もありました。

当時の私は、不動産仲介の知識も経験も十分ではありませんでした。

分からないことがあれば、その場で答えられず、一度持ち帰って調べてから回答することも少なくありません。

もちろん、曖昧な知識で間違った説明をするより、正確な情報を確認してお伝えする方が大切です。

しかし、営業としては、その場で安心感を与えられない自分が情けなく感じていました。

実際に、お客様から新築マンションの営業担当へ、

「担当を代えてもらった方がいいのではないですか。」

という相談が入ったこともありました。

その話を聞いたときは、本当に悔しかったことを覚えています。

もちろん、お客様からすれば当然の反応です。

不動産の売買は、多くの方にとって人生で何度も経験するものではありません。

だからこそ、大切な資産を任せる担当者には、安心して相談できる知識と経験を求めるのは当然です。

もし私がお客様の立場だったとしても、同じように感じていたかもしれません。

だからこそ、私はお客様を責める気持ちは一切ありませんでした。

ただ、自分の力不足を痛感するばかりでした。

不動産仲介は、物件を紹介して終わる仕事ではありません。

売却活動を行い、購入希望者を見つけ、価格交渉を行い、住宅ローンの調整を進め、契約を結び、最後の引渡しまで責任を持って担当します。

一つでも判断を誤れば、お客様に大きな迷惑を掛けてしまう可能性があります。

だからこそ、お客様から不安そうな表情を向けられるたびに、

「もっと勉強しなければ。」

その思いだけが強くなっていきました。

仕事が終われば、不動産関連の本を読む。

休日には住宅ローンや税金について調べる。

契約書を何度も読み返し、分からない言葉は一つずつ確認する。

お客様から受けた質問は必ずメモに残し、自分なりの回答をまとめていく。

知識が足りないなら、努力で補うしかありませんでした。

それでも、不安は消えません。

経験だけは、本を読んでも手に入りません。

実際に現場で失敗し、悩み、乗り越えることでしか身につかないものがある。

そのことを、私は少しずつ理解するようになっていました。

当時の私は、上司からは厳しく指導され、新築営業担当からは頼りなさを指摘され、お客様からは実力を試される。

周りのすべてが敵のように感じてしまうほど、精神的に追い詰められていた時期もありました。

朝、会社へ向かう足取りが重い日もありました。

「今日も何か失敗するのではないか。」

そんな不安を抱えながら出勤することも、一度や二度ではありません。

それでも、不思議と辞めようとは思いませんでした。

悔しかったからです。

ここで逃げたら、自分はまた同じことを繰り返す。

そんな気がしていました。

だから私は、自分に言い聞かせていました。

「今はできなくて当たり前。でも、一年後には必ず今より成長している。」

根拠はありませんでした。

ですが、その言葉だけは信じることができました。

目の前の一件を大切にする。

一つ経験したら、一つ成長する。

その積み重ねしか、自分を変える方法はありませんでした。

今振り返ると、この頃に感じた劣等感や悔しさがあったからこそ、人一倍勉強する習慣が身についたのだと思います。

経験豊富なお客様に恥をかかない営業になりたい。

その思いは、今でも私の原点です。

この会社で頑張ろうと思えた理由

毎日が苦しいことばかりだったわけではありません。

今振り返ると、あの会社には私を支えてくれた人たちがいました。

その存在があったからこそ、厳しい環境の中でも踏ん張ることができたのだと思います。

特に印象に残っているのは、事務スタッフの皆さんです。

分からないことがあれば手を止めて丁寧に教えてくださり、忙しい中でも自然とサポートしてくださいました。

「大丈夫ですよ。」

「こうすればいいですよ。」

そんな何気ない一言に、何度救われたか分かりません。

営業は一人で結果を出しているように見えますが、実際には多くの人の支えがあって初めて成り立つ仕事です。

当時の私は、そのことを身をもって実感しました。

実は、前職では事務スタッフとの関係に苦い経験がありました。

仕事を進める中でうまく意思疎通ができず、人間関係に悩んだ時期もあります。

その経験があったからこそ、この会社で温かく接していただけたことは、本当にありがたいことでした。

もう一人、私にとって大きな存在だったのが社長です。

社長はとてもユーモアがあり、人情味あふれる方でした。

社員一人ひとりをよく見ていて、困っている人がいれば自然と声を掛けてくださる。

会社全体を明るい雰囲気にしてくれる、そんな存在でした。

面接のときから気さくな人柄を感じていましたが、入社後もその印象は変わりませんでした。

仕事には厳しさもありましたが、「社員を大切にしたい」という気持ちが伝わってくる経営者でした。

だからこそ、私は「この会社で頑張りたい」と思えたのです。

オフィスも、それまで私が経験してきた不動産会社とは少し違いました。

新築マンション販売会社らしく、清潔感があり、洗練された空間。

モデルルームへ足を運ぶたびに、「こういう会社で働いているんだ」と少し誇らしい気持ちになったことを覚えています。

会社としての信用力も高く、お客様からの信頼も厚い会社でした。

その信用力を実感した出来事があります。

それは、住宅ローンです。

当時、私はマイホームの購入を考えていました。

転職したばかりということもあり、不安もありましたが、会社の信用力も後押しとなり、無事に住宅ローンの審査が通りました。

念願だったマイホームを購入できたときは、本当にうれしかったことを覚えています。

家族にとっても、大きな節目となる出来事でした。

仕事では毎日のように壁にぶつかっていました。

上司との関係に悩み、自分の知識不足に落ち込み、お客様から厳しい言葉をいただくこともありました。

それでも、この会社には「頑張ろう」と思わせてくれる環境がありました。

支えてくださる事務スタッフの皆さん。

社員を大切にする社長。

そして、安心して仕事に取り組める会社の信用力。

すべてが完璧な会社ではありませんでした。

しかし、良いところもたくさんある会社だったからこそ、「ここで成長したい」という気持ちは最後まで変わりませんでした。

そして、この会社には、私がそれまで経験したことのない、大きな強みがありました。

それは、売却物件を獲得するための独自の仕組みです。

前職では、売却依頼をいただくために、ポスティングやダイレクトメール、電話営業を繰り返す毎日でした。

時にはお客様から厳しい言葉をいただき、心が折れそうになることもありました。

しかし、この会社では営業のスタート地点そのものが違いました。

「こんな仕組みがあるのか。」

初めてそのシステムを知ったとき、私は素直に驚きました。

この環境なら、もっと実務経験を積み、仲介営業として大きく成長できる。

そんな期待が、再び膨らんでいったのです。

しかし、その期待も、すぐに現実を知ることになります。

チャンスは自分でつかむ

この会社には、売却物件を獲得するための独自の仕組みがありました。

新築マンションをご契約いただいたお客様の多くは、現在お住まいの自宅を売却して住み替えをされます。

その売却相談が、新築マンション営業部門から仲介部門へ引き継がれる仕組みになっていたのです。

初めてその話を聞いたとき、私は素直に驚きました。

「こんな営業スタイルがあるのか。」

前職では、売却物件を獲得するために、毎日のようにポスティングを行い、ダイレクトメールを送り、電話営業を繰り返していました。

時には夜遅くまで営業活動を続け、お客様から厳しい言葉をいただくこともありました。

思うように成果が出ず、悔しい思いをしたことも一度や二度ではありません。

しかし、この会社では違いました。

新築マンションを購入されるお客様から自然と売却相談が生まれ、その情報が仲介部門へ共有されるのです。

営業活動だけに時間を費やすのではなく、仲介実務を経験しながら成長できる。

私にとっては、まさに理想的な環境に思えました。

「この会社なら、もっと実務経験を積める。」

そんな期待で胸がいっぱいでした。

しかし、現実は私が思い描いていたほど甘くはありませんでした。

売却相談を持ってきてくださるのは、新築マンション営業の担当者です。

役職者ともなれば、数多くの契約を積み重ねてきたトップ営業ばかり。

モデルルームには、新築販売会社ならではの緊張感と、数字で勝負する厳しい空気が漂っていました。

当然、仲介担当である私にも、それに見合う知識と対応力が求められます。

しかし当時の私は、実務経験が圧倒的に不足していました。

少し話をしただけで、「まだ経験が浅い」ということはすぐに見抜かれてしまいます。

そんな私に、上司はこう言いました。

「最初から情報はやらない。自分で取ってこい。」

続けて、こんな質問を投げかけられました。

「君が売却物件を取る武器は何?」

突然の質問に、私は

「チラシを配ることぐらいしかありません。」

と答えました。

すると上司は、鼻で笑うようにこう言いました。

「そうやろ。じゃあモデルルームを回るか、チラシを配るしかないな。」

そして最後に、

「俺みたいに業界の横のつながりもないし、知識もまだないんやから。」

そう言い放ちました。

正直、悔しかったことを覚えています。

ですが、その言葉を否定できるだけの実績も経験も、当時の私にはありませんでした。

それからの私は、昼はモデルルームを回り、新築営業担当者に顔を覚えていただくために何度も足を運びました。

そして夜になると、「売り求む」のチラシを持ってマンションを回る。

気が付けば夜9時を過ぎていることも珍しくありませんでした。

その生活を続けながら、ふと思うことがありました。

「これじゃ、前職と変わらないな……。」

せっかく営業活動から少し離れ、実務経験を積めると思って入社したはずでした。

それでも現実は、自分で足を使い、人とのつながりを作り、一件一件仕事を獲得していかなければならなかったのです。

今振り返ると、上司のやり方にも一理あったと思います。

案件は会社から与えられるものではなく、自分自身で信頼を積み重ねて獲得するもの。

それが上司の考え方だったのでしょう。

私は何度もモデルルームへ足を運びました。

新築営業担当の方へ挨拶をし、雑談を交えながら少しずつ関係を築いていきます。

最初は名前すら覚えてもらえませんでした。

それでも通い続けるうちに、

「近藤さん、お疲れさまです。」

と声を掛けていただけるようになりました。

営業という仕事は、結局のところ人と人との信頼関係で成り立っている。

そのことを、この頃から少しずつ実感するようになりました。

実績もない。

知識も足りない。

だからこそ、誰よりも動くしかありませんでした。

「この会社で生き残る。」

その思いだけを胸に、一件一件の出会いを大切にしていました。

そんなある日、一人の新築営業担当の女性から声を掛けられます。

「近藤くん、一件お願いしたい案件があるんだけど。」

その言葉を聞いた瞬間、胸が高鳴りました。

ようやく、自分にもチャンスが巡ってきたのです。

それは、私が一人で担当することになる、初めての売却案件でした。

人生で忘れられないクレーム

売買契約を無事に終えた私は、ようやく一安心していました。

初めて担当した売却案件。

専任媒介契約をいただき、買主様も見つかり、契約までたどり着くことができた。

「ここまで来れば、あとは決済を迎えるだけだ。」

当時の私は、そう思っていました。

しかし、本当の試練はここから始まります。

決済日の調整を進める中で、私は仲介営業として最も大切なことを理解できていませんでした。

当時の私は、買主様と何度も打ち合わせを重ねていました。

仕事でお忙しい方だったため、夜遅くにご自宅へ伺うことも多く、自然と接する時間も長くなっていきました。

その結果、知らず知らずのうちに私は買主様の立場で物事を考えるようになっていたのです。

そして、売主様へこんな伝え方をしてしまいました。

「買主様はこの日をご希望されていますので、この日程で進めたほうがスムーズだと思います。」

当時は、お客様のためを思って伝えたつもりでした。

ですが、それは仲介営業として大きな間違いでした。

仲介会社は、売主様と買主様のどちらか一方の味方になる仕事ではありません。

双方の希望を公平に受け止め、互いに納得できる着地点を見つけることが役割です。

今なら当たり前に分かることですが、当時の私は、その本質をまだ理解できていませんでした。

売主様との窓口は奥様でした。

とても穏やかで優しい方だったこともあり、私は「問題なく話が進んでいる」と思い込んでいました。

しかし、それは私の思い込みでした。

後日、新築マンションの営業担当者へ、売主様から一本の連絡が入ります。

私の対応に対するクレームでした。

その後の対応は、すべて上司へ引き継がれることになりました。

私は、自分が何を間違えたのかを整理しきれないまま、時間だけが過ぎていきました。

そしてある日。

社員全員がいる事務所で、上司が私に向かって言いました。

「売主さんが『君には来てほしくない』って言ってたぞ。」

その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になりました。

胸が締め付けられるような感覚でした。

「自分は、お客様からそこまで信頼を失ってしまったのか。」

そう思うと、言葉が出ませんでした。

当時の上司は、私が失敗をすると、お客様や社員がいる前でも指摘することが少なくありませんでした。

「この書類で合ってると思ってるの?」

「どっちに渡す書類か分かる?」

そんな言葉を、お客様の前で投げ掛けられることもありました。

もちろん、間違いを正すことは必要です。

私自身、未熟だったことは間違いありません。

ですが、人前で何度も指摘されるたびに、自信は少しずつ失われていきました。

「また失敗するかもしれない。」

「また怒られるかもしれない。」

そんな恐怖心が、いつしか仕事そのものへのプレッシャーになっていました。

引渡しの日も、お客様の前に立つことが怖く感じていました。

売主様や買主様の視線が気になり、

「この担当者で本当に大丈夫なのか。」

そう思われているような気がして、逃げ出したくなるほど苦しかったことを覚えています。

当時は、上司に対して悔しさや怒りを感じることもありました。

ですが、年月が経った今だからこそ分かることがあります。

一番の原因は、自分の未熟さでした。

仲介営業の役割を、本当の意味で理解できていなかったのです。

売主様にも、買主様にも、それぞれ事情があります。

どちらか一方の希望だけを優先すれば、もう一方との信頼関係は崩れてしまいます。

仲介営業とは、「どちらの味方をするか」ではなく、「双方が納得できる答えを一緒に探す仕事」。

この案件で私は、その原点を身をもって学びました。

今でも売主様には申し訳ない気持ちがあります。

もっと経験があれば。

もっと知識があれば。

もっと仲介という仕事を理解できていれば。

そんな思いは今でも残っています。

ですが、この苦い経験があったからこそ、その後はどんな案件でも「公平であること」を何よりも大切にするようになりました。

私の営業スタイルの土台は、この失敗から生まれたと言っても過言ではありません。

あのとき味わった悔しさは、決して無駄ではありませんでした。

仲介営業として最も大切な姿勢を教えてくれた、忘れることのできない一件だったのです。

失敗は、私を強くしてくれた

初めて担当した売却案件。

その最後に待っていたのは、お客様からのクレームでした。

当時の私は、自分の未熟さを痛感し、自信を失っていました。

「自分は仲介営業に向いていないのではないか。」

そんなことを考えた日もありました。

お客様から信頼を失い、上司から厳しく指摘される。

営業として、一番経験したくない出来事でした。

ですが、不思議なことに、「辞めたい」とは思いませんでした。

悔しかったからです。

ここで逃げてしまえば、この失敗はただの失敗で終わってしまう。

でも、乗り越えることができれば、いつか自分の力になる。

そう信じていました。

それからの私は、これまで以上に勉強するようになりました。

契約書を何度も読み返す。

重要事項説明書の内容を一つずつ理解する。

住宅ローンや税金、不動産関連の法律も、自分なりに調べ続けました。

お客様から受けた質問は必ずメモを取り、自分で答えをまとめる。

分からないままにしない。

その積み重ねだけは、誰にも負けたくありませんでした。

もちろん、知識だけでは営業はできません。

実際の現場では、教科書どおりに進まないことばかりです。

売主様には売主様の事情があり、買主様には買主様の事情があります。

同じような取引は、一つとしてありません。

だからこそ、一件一件の経験が何よりの財産でした。

私は失敗をするたびに、自分へ問いかけるようになりました。

「なぜ失敗したのか。」

「次はどうすれば防げるのか。」

誰かのせいにするのではなく、まず自分に原因を求める。

その姿勢だけは忘れないようにしていました。

もちろん、当時は上司に対して納得できないこともありました。

「もう少し違う伝え方があったのではないか。」

そう思うことも何度もありました。

ですが、年月が経った今では、その環境も自分を成長させてくれた一つの要因だったと感じています。

厳しい環境だったからこそ、自分で考える力が身につきました。

相談できないから、自分で調べる。

答えを教えてもらえないから、自分で答えを探す。

その繰り返しが、少しずつ私を成長させてくれたのです。

営業という仕事は、不思議な仕事です。

契約が取れたから成長するわけではありません。

むしろ、大きく成長できるのは、失敗したときです。

悔しい思いをした経験ほど、強く記憶に残ります。

だからこそ、同じ失敗は二度と繰り返したくない。

その思いが、自分を変えていきました。

今では、お客様から新人営業について相談を受けることがあります。

そのたびに、私は必ず伝えることがあります。

「失敗してもいい。でも、同じ失敗だけは繰り返さないでほしい。」

失敗は、恥ずかしいことではありません。

本当に怖いのは、失敗から何も学ばないことです。

私自身、数え切れないほど失敗をしてきました。

ですが、その一つひとつが、今の私の営業スタイルをつくってくれました。

あの頃の自分に声を掛けられるなら、こう伝えたいと思います。

「今は苦しい。でも、その経験は必ず未来の自分を助けてくれる。」

あのクレームがあったからこそ、お客様に対して常に公平であることの大切さを忘れずにいられる。

あの悔しさがあったからこそ、今でも学び続ける姿勢を持ち続けることができる。

失敗は、決して遠回りではありません。

営業人生において、かけがえのない財産だったのです。

会社に30万円の損害を出してしまった話

今でも忘れることのできない、大きな失敗があります。

結果として、この件では会社に約30万円の損害を出してしまいました。

当時の私は、「一日でも早く契約をまとめなければ」という焦りから、不動産仲介営業として決してやってはいけないミスを犯してしまったのです。

その物件は、新築未入居の住宅でした。

しかし、一度一般のお客様へ所有権が移転しており、税制上の扱いについては慎重な確認が必要な物件でした。

買主様はお医者様で、奥様が主に窓口をされていました。

ある日、奥様から、

「住宅ローン控除を受けた場合、具体的にどれくらい控除されるのか教えてください。」

と質問を受けました。

本来であれば、その場で答えず、金融機関や税務署などへ確認したうえでご案内すべき内容です。

しかし当時の私は、上司へ相談しづらい状況になっていました。

毎日のように、

「数字を作れ。」

「今月どうするんや。」

と結果を求められ、精神的にもかなり追い込まれていました。

その焦りから十分な確認をしないまま、不動産会社が所有する新築住宅を前提とした住宅ローン控除額でご案内し、さらに書面まで作成してお渡ししてしまったのです。

契約は無事に終わりました。

ところが、忘れもしないゴールデンウィークの真ん中。

奥様から一本の電話が入りました。

声の様子は、明らかにいつもと違っていました。

「本当にこの控除額で合っていますか?」

「自分でも調べたのですが、違うような気がするんです。」

私は、

「一度お伺いしてご説明させてください。」

とお伝えしました。

すると、

「訪問は結構です。不足する分を振り込んでください。」

「この説明だったから契約したんです。」

「難しいようでしたら代理人に相談します。」

という厳しい言葉が返ってきました。

電話を切った瞬間、頭の中が真っ白になりました。

ゴールデンウィーク中だったため、税務署は休みで確認することもできません。

休みの間も、このことばかり考えていました。

制度を調べれば調べるほど、

「これは間違っている可能性が高い……。」

という思いが強くなっていきました。

しかも、口頭だけでなく書面まで作成して渡してしまっています。

「どうしよう。また上司に詰められる。」

そんなことばかり考えていました。

不安になり、知り合いの弁護士にも相談しました。

すると、

「税金に関する具体的な説明は非常に慎重に行うべきものです。安易に税額を案内することにはリスクがある。」

と助言を受け、自分の認識の甘さを痛感しました。

ゴールデンウィークが明けると、すぐに上司へ報告しました。

返ってきた言葉は、

「なんでそんなことになったん?」

「俺はそんな経験ないから分からんわ。」

「社長に相談してみたら。」

というものでした。

正直、どこか他人事のように聞こえ、とても心細かったことを覚えています。

覚悟を決めて社長へ事情を説明すると、

「何やってるんだ。」

と一言。

書面を確認した社長は、

「これはまずいな。」

と状況を整理し、すぐに上司を呼んで対応を協議しました。

「お客様はいくらと言っている?」

「30万円です。」

高額物件ではありましたが、幸い損害額は30万円でした。

このときの社長の判断には、本当に救われました。

もちろん厳しく叱られましたが、必要以上に責め続けることはありませんでした。

「起きてしまったことは仕方ない。まずはお客様への対応を優先しよう。」

そんな姿勢で会社として対応を進めてくださいました。

一方で、社長は自分の営業時代の武勇伝を語り始めると止まらないタイプでもありました(笑)。

当時は長いなと思うこともありましたが、今思えば、それだけ数多くの経験を積んできたからこそ話せる内容ばかりでした。

叱るだけではなく、自分の経験も交えながら向き合ってくださったことには感謝しています。

ゴールデンウィーク明けには、事務スタッフとも相談し、お客様へ補償金を振り込み、私は手書きで顛末書を提出しました。

会社として迅速に対応していただいたことで、この件は大きなトラブルに発展することなく収束しました。

その後、自分でも住宅ローンの返済方式について調べました。

すると、買主様が利用されていたのは元金均等返済でした。

もし一般的に利用されることが多い元利均等返済だった場合、住宅ローン控除への影響額はさらに大きくなり、損害額は数百万円規模になっていた可能性がありました。

その事実を知ったときは、本当に背筋が凍りました。

30万円という損害で済んだことは、不幸中の幸いだったと思います。

この出来事を通じて、私は身をもって学びました。

税金や住宅ローン、法律に関することを、曖昧な知識や思い込みで説明してはいけない。

分からないことは、その場で答えない。

必ず確認し、必要であれば金融機関や税務署などの専門機関へ確認してからご案内する。

この経験が、私の営業姿勢を大きく変えました。

そして、後にも先にも、私が会社に具体的な金額の損害を出してしまったのは、この一件だけです。

あれから十数年、約200件の不動産取引に携わってきましたが、同じような失敗は一度もしていません。

あの30万円は決して小さな金額ではありませんでした。

しかし、不動産仲介という仕事の責任の重さを、身をもって教えてくれた出来事でした。

今でも、お客様から税金や住宅ローンについて質問を受けたとき、分からないことがあればその場で答えることはありません。

「確認したうえで、正確にご回答します。」

そうお伝えするようになったのは、この苦い経験があったからです。

炎天下を走り続けてつかんだ一本の電話

不動産営業をしていると、「どうしても契約がほしい」という時期があります。

私にも、今でも忘れられない経験があります。

ある夏のことです。

契約が思うように取れず、上司からは「何とかしろ」と言われる毎日。

何かできることはないかと考え、私は空地・空家調査を徹底的に行うことにしました。

空地・空家調査とは、自ら現地へ足を運び、住宅地図を片手に街を歩きながら、空き地や空き家と思われる物件を調査する営業活動です。

調査後は所有者を調べ、手紙を送ったり、電話をしたりして売却のご相談につなげていきます。

私は事務所の自転車を借り、訪問予定がない日は朝から夕方まで大阪市内を走り回りました。

炎天下の中、汗だくになりながら一軒一軒確認し、調査した物件はリスト化。

さらに所有者を調べ、104で電話番号の登録があるかも一件ずつ確認しました。

しかし、電話番号が見つかる物件は全体の数%程度。

やっと電話が見つかっても、

「結構です。」

「売る予定はありません。」

「もう切ります。」

会社名を名乗った瞬間に電話を切られることも珍しくありませんでした。

それでも諦めず、一本一本電話をかけ続けました。

すると、ある一本の電話で奇跡が起きます。

「不動産の売却はお考えではありませんか?」

そうお聞きすると、電話口の方から返ってきた言葉は、

「ちょうど考えてるよ。」

内心、「本当に?」と思いました。

すぐに、

「今からお伺いしてもよろしいでしょうか?」

とお聞きすると、

「いいよ。」

との返事。

私はそのまま自転車で現地へ向かいました。

売却の流れをご説明し、その場で専任媒介契約を締結。

その後、順調に話は進み、不動産会社による買取契約まで成立しました。

最後の価格交渉は当時の社長にも入っていただき、無事に成約。

大阪市内の一等地エリアの取引だったこともあり、会社でも表彰していただきました。

この経験から学んだことがあります。

営業は、最後まで諦めずに行動した人にチャンスが訪れる。

もちろん、今は個人情報保護や営業手法の変化もあり、当時と同じ方法がそのまま通用する時代ではありません。

それでも、お客様のために自ら足を運び、地道に行動を積み重ねる姿勢は、今も変わらず営業の基本だと思っています。

そして、もう一つ感じたことがあります。

新人だからこそ取れる仕事がある。

経験が浅いからこそ、必死になれる。

断られても諦めず、暑い日も寒い日も走り続ける。

そのひたむきさがお客様に伝わり、信頼につながることがあります。

この一本の電話は、私にとって「営業は才能ではなく、行動量と継続が結果を生む」ということを教えてくれた、大切な経験です。


年間3,000万円を達成して見えたもの

諦めずに目の前の仕事を一つひとつ積み重ねた結果、入社3年目には営業として大きく成長を実感できるようになりました。

  • 年間仲介手数料 約3,000万円達成
  • 月平均仲介手数料 約250万円
  • 月間MVP受賞

会社でも表彰していただき、少しずつ営業として自信を持てるようになりました。

担当エリアも大阪だけでなく、新築マンション販売に合わせて兵庫・京都・奈良・滋賀へと広がり、関西一円で仲介営業を経験する機会に恵まれました。

さまざまな地域で取引を重ねたことで、不動産営業としての視野が大きく広がり、お客様への提案の幅も少しずつ広がっていったと感じています。

この頃には、成績だけを見れば上司を上回る月も多くなっていたと思います。

さらに、以前にお取引いただいたお客様から、

「自宅の売却もお願いできますか?」

と、ご相談をいただく機会も増えてきました。

新規のお客様だけではなく、一度ご縁をいただいたお客様が再び私を頼ってくださる。

営業として、これほど嬉しいことはありませんでした。

「任せて良かった。」

そう思っていただけたからこそのご依頼だと感じ、自分にとって大きな自信につながりました。

仕事にも少しずつ余裕が生まれ、「自分はどこまでできるのか挑戦してみたい」という気持ちも強くなっていきました。

ある日、自分への挑戦として、朝・昼・夜の1日で3件の契約をまとめるという目標を立てたことがあります。

朝に1件、昼に1件、そして夜にも契約を予定していました。

夜のお客様は公務員の方でしたが、災害対応のため急遽出勤となり、前日に日程変更となってしまいました。

結果として1日で3件の契約にはなりませんでしたが、「3件の契約を段取りできる」と思えるほど、営業としてのスキルや仕事の進め方は確実に成長していました。

入社当初、仕事が分からず毎日のように怒られ、自信を失っていた自分からは想像もできない姿でした。

「あの時、諦めずに続けてきて本当に良かった。」

心からそう思えた瞬間でした。

しかし、その一方で、3年目を終えた頃から職場の空気は少しずつ変わり始めます。

以前のように情報が共有されなくなり、上司から回ってくる案件や営業情報も徐々に減っていきました。

営業として結果を出せるようになった喜びとは裏腹に、新たな壁が静かに目の前へ現れ始めていたのです。


結果を出しても変わらなかった現実

営業成績を残せるようになっても、上司との関係が改善されることはありませんでした。

むしろ年々、自分に回ってくる仕事や情報が少しずつ制限されているように感じるようになりました。

そして入社5年目。

新築マンション部門から仲介部門へ引き継がれるお客様情報について、大きな変化がありました。

ある日、上司から

「これからは新築部隊からの情報は、一旦すべて俺が集約してから振り分ける。」

と言われたのです。

それ以降、価格帯が高く比較的成約しやすい案件は上司が担当することが増え、私は以前のように自由に営業活動ができなくなっていきました。

もともと仲介部門には担当者を決める明確なルールはなく、自ら営業を行い、自分で案件を獲得するのが当たり前の環境でした。

だからこそ、この方針の変更には大きな違和感を覚えました。

もちろん、本当の理由は分かりません。

ただ、私自身は「営業成績を残せるようになってから、仕事の流れが少しずつ変わってしまった」と感じていました。

そんなモヤモヤを抱えながら仕事を続けていたある日、査定価格について自分の考えを上司へ伝える機会がありました。

その時、上司から返ってきた言葉は、

「お前には土地・戸建ては難しい。俺がやる。」

というものでした。

私はそれまで、土地や戸建ての売買も数多く経験し、多くの取引実績を積み重ねてきました。

だからこそ、その言葉を素直に受け入れることはできませんでした。

営業として5年目を迎え、結果も残してきた自分に向けられた言葉としては、本当に悔しかったことを今でも鮮明に覚えています。

私にとって「土地や戸建ては任せられない」という言葉は、仲介営業としての存在価値を否定されたように感じました。

実は、この頃には精神的なストレスも限界に近づいていました。

入社3~4年目頃には、人生で初めて円形脱毛症を発症し、後頭部にはいくつもの脱毛ができてしまいました。

今では笑い話として振り返ることができますが、当時は鏡を見るたびに気持ちが沈み、「このままでいいのだろうか」と何度も自問するほど苦しい日々でした。

そして、この一言を聞いた時、私は決断しました。

「この会社で頑張り続けても、自分の未来は変わらない。」

本当は辞めたくありませんでした。

この会社でさらに経験を積み、いつかは上を目指したい。

そんな思いもありました。

しかし、この上司のもとでは、自分がどれだけ結果を出しても評価や環境は変わらない。

そう感じた私は、「このままここで働き続けても成長はない」と考え、年内で退職することを決意しました。

確か秋頃だったと思います。

退職を決意してからは、次のステージへ進むため、少しずつ転職活動の準備を進めていきました。

そして年末、退職の意思を伝えました。

すると、普段ほとんど笑顔を見せることのなかった上司が、満面の笑みでこう言いました。

「いつ辞めるん? 引き継ぎはちゃんとやっといてや。」

その笑顔を見た瞬間、私は「退職を伝えてよかった」と思いました。

言葉ではうまく表せませんが、自分の決断は間違っていなかったと感じたのです。

もちろん、腹が立たなかったと言えば嘘になります。

それでも、新人時代から厳しく指導してもらい、多くのことを学ばせてもらったのも事実です。

最後は、「ここまで鍛えていただき、ありがとうございました。」という気持ちで会社を去りました。

数年後、その上司も退職したと聞きました。

しかも、退職を伝えたその日から有給休暇に入り、後任への引き継ぎをほとんど行わず、そのまま会社を去ったそうです。

その話を耳にした時、私は驚きと同時に、「自分はああいう辞め方だけはしたくない」と強く思いました。

この会社で経験した成功も苦労も、今の私をつくってくれた大切な財産です。

そして、この経験があったからこそ、「結果を出すこと」と「人として信頼されること」は別物であり、その両方があって初めて本当の営業マンになれるということを学びました。

ここまでが、私の下積み時代です。

退職後、ご縁があり、現在勤めている会社へ転職することになりました。経営者は妻のいとこのご主人です。

これまで積み重ねてきた経験を活かし、今では自分で考え、自分で行動し、責任を持って仕事を進められる環境で働いています。以前のように誰かの指示を待つのではなく、自ら主導権を握って仕事ができるようになり、営業の楽しさややりがいを改めて実感しています。

もちろん、今でも失敗や悩みはあります。しかし、これまでの経験があるからこそ、一つひとつの出来事を前向きに受け止め、成長につなげることができています。

転職を経てたどり着いた現在の会社での挑戦、営業としてのやりがい、そして今もなお学び続けながら歩んでいる私の現在地をお伝えしていきます。

第4章では、転職を経てたどり着いた現在の会社での挑戦、営業としてのやりがい、そして今もなお学び続けながら歩んでいる私の現在地をお伝えしていきます。

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